• 「シゲコラム」  

      齋藤滋子院長が提供するおはなし

     

     

    月刊サイトウ歯科で10数年に連載されていたコラムです。

    サイトウ歯科・磐田 院長 齋藤滋子の子供時代の話から歯の話まで独自の視点で書いています。

    どうぞ、お楽しみ下さい。

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    「むし歯菌と戦ってくれる私たちの歯」

     生き物は、命が脅かされそうになると、生き延びるための「自己防衛の力」をたいてい持ち合わせているものです。たとえば、半分を失ったプラナリヤ(写真1)は、すみやかに元の姿に戻りますし、トカゲはシッポを切って逃げても、シッポはまた再生します。花や野菜も枝が折れると別の枝が伸びてきたりしますし、ツンツルに枝を落とされた木でさえ、生きている限り、また葉が茂り緑いっぱいになることも可能です。それは「生命力」なのでしょうが、身の回りには、気がつくとそういう現象がいっぱいあります。


     自分の体を見つめてみると、健康であれば、ちょっとした傷も止血作用が働き、すぐに傷の修復システムが作動し始め、数日で傷は治ってしまいます。そしてその陰では多くの細菌と戦ってくれる白血球等の防衛作用が働いています。一方、穴の開いた虫歯は、残念な事に、今のところ自然に元に戻ることはありません。“今のところ”というのは、 現在、ひとつの細胞から歯を作り出すという「再生医療」はかなりのところまで研究が進んでいるようで、そのうち虫歯の穴が治ってしまう時代がやってくるかもしれないのですが、現実にはまだ実用に至ってないというところでしょうか。ともあれ穴になってしまった虫歯の治療は、削って人工物で修復することになるのです。そういうと、何の“生命力”も“防衛作用”も働いてないように感じられますが、どっこい、顕微鏡的世界で見てみると、実は、けなげにも虫歯菌とたたかってくれる素晴らしい力がみえてくるのです。


     それは、まるごと1本の歯を再生するということではなく、歯の内面、特に歯髄が危険にさらされそうになった場合に起こる反応です。虫歯や外傷、歯質の咬耗(かみ合う面が磨り減ること)、窩洞形成(治療のために歯を削ること)などによって、歯質の欠損ができると、象牙細管内が無機質の結晶で閉鎖されたり、象牙細管内の象牙線維を通じて、象牙質を作る象牙芽細胞の働きを活発にさせ、歯髄腔の内面に第2象牙質といわれる組織を作って行き、歯髄が侵されるのを守ります。

    つまり、簡単に歯髄が死んでしまわないよう、歯質を厚くして死髄を守るという防衛作用が働くわけです。(写真2~写真4)


     ところで、虫歯の治療は、虫歯の部分を削り取って修復するのですが、「虫歯は予防的に大きく削る」のが普通ですので、せっかく第2象牙質が出来かけていても、はっきりしなければ歯髄に達し、抜髄(歯髄をとる)することもよくあります。近年の研究で「必要最小限の切削」という考えがでてきて、抜髄しないですむケースが増えました。修復材料も改良されてきています。ただ、本来はそうやって歯をあまり削らないほうが幸せであるはずなのですが、今の保険制度では歯科治療の報酬としては、殆ど何もしないに等しいことになってしまうため、健全な歯を残せば残す程、歯科医の生活は苦しくなってしまうという「矛盾」がおこってしまうのも事実で、我々の悩みです。 

     

     

     

    (写真1)プラナリア

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    (写真2)歯髄に第2象牙質ができる

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    (写真3)正常な歯髄

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    (写真4)白い金属の下の虫歯によって第2象牙質が出来て歯髄が細くなっている。

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